Les Films            de la Colombe d'Or       白鳩が金の鳩に輝き大空を舞うように、映像を語る!  ーコロンブドールー      L'information&La note


by Colombedor
幻の「星の牧場」ディレクターズ・カット版関係者試写上映

監督 若杉光夫一周忌特別試写上映
封印していた、いやされていたあの若杉光夫監督執念のオリジナル作品「星の牧場」が
二十数年ぶりに若杉光夫監督一周忌として試写上映します。
劇団民藝舞台演出家また民藝映画社映画監督としての功績を、
師である故宇野重吉さんと共に舞台を支え、後にはこの映画劇へと
私財を投げ出し執念を燃やし続けた映画作品「星の牧場」を通し
演出家 若杉光夫監督の業績を顧み、生前活躍された御影を偲びたいと思います。

当時、スタッフ関係者しか観てない幻作品「星の牧場」ディレクターズ・カット版
試写上映です。
生前、若杉監督から強く依頼されてた上映と保存における特別上映となります。
その後、高知市あたご劇場での特別試写上映が行われ、
その上映後、フイルムセンターに寄贈される予定です。
この機会を見逃すと当分観る事の出来ない貴重な作品ですので、
生前、若杉光夫監督と御縁が一度でもあった多くの方々にも観て戴き、偲び語って戴きたいと思います。

日 時:2009年12月13日 日曜日 10時開演~12時30分迄 (入場9:45から)
場 所:国映 TCC試写室  中央区銀座8丁目3番先 高速道路ビル102号
                  コリドー通り 高速道路下 地下1階TCC試写室
        当日場所等問い合わせ    TEL : 03-3571-6378(TCC試写室)

      なお、席に限りがあるため(47席)事前に御連絡があれば幸いです。 

「星の牧場」ディレクターズ・カット版  1987年(未公開版)  
        時間 全五巻(約90分前後) ⇒ 追記 実際は二時間超えてました
        追追記:上映時間 全五巻 1時間45分43秒
                              (劇場公開版は 92分)

 出 演
寺尾 聰 モミイチ            檀 ふみ ゆき ジプシーの娘ユキ
みずき愛 オカイコのバイオリン    上條恒彦 蜂飼のクラリネット 
石田純一 ジャム作りのフリュート   常田富士男 角作工のファゴット
フランキー堺 オカイコとビオラの父・コントラバス
大橋吾郎 オカイコの兄のビオラ   楠トシエ ティンパニーの女房
大坂志郎 村の医者           岡本信人 大工のオーボエ
小沢弘治 水車のティンパニー    原 康義 織物のトランペット
二見忠男 陶芸家のホルン       斉藤克己 木の実細工のトロンボーン
坂上二郎 牧場主佐平         中村ブン 佐官のピッコロ

南田洋子 牧場主佐平の妻春子   小杉勇二 毛皮づくりのチューバ

  スタッフ
原作 庄野英二  脚本 若杉光夫
撮影 岡崎宏三  美術 坂口武玄  照明 末吉忠二  録音 本田孜  編集 菅野善雄
作曲 天野正道  安西文隆(史孝) 熱田公紀      衣裳デザイン 藤原百合
編集 菅野善雄  助監督 山口巧  吉川威史

問い合わせ この横にあるメール または コロンブドール及びYOUZOまでご連絡下さい。


高知市 あたご劇場
若杉光夫監督一周忌 水国兼美氏(あたご劇場元館主)一周忌
  12月27日(日) 午前9時30開演(午前9時15分開場) 映写講師=水国朝雄
  参考上映作品 『星の牧場』 (1987年 未公開バージョン作品) 監督 若杉光夫 
  出演 寺尾聡、値ふみ、フランキー堺、みすぎ愛、上條恒彦、石田純一、常田富士男
  ※ 2008年12月18日に亡<なった若杉光夫監督執念のディレクターズバージョン
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by colombedor | 2009-11-03 13:10 | La Colombe d'Or
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師 若杉光夫監督が今月12月18日木曜日 午前5時25分、、
呼吸不全のため神奈川県相模原市の病院で死去されました。86歳。
葬儀は池上本門寺近くのラビスホール池上で21日御通夜、22日告別式を近親者のみで
行わせて戴き,私も末席ながら葬儀参列させて戴きました。

なお各マスコミ関係者には、監督の死去報道を待って戴き御迷惑をおかけしましたが、
御蔭様で、臨時宗僧侶の荘厳な読経だけが聞こえる静寂の中で
御親族、民芸関係のごく親しかった方々で、龍の如し
若杉光夫監督が女優故南風洋子さんが待っている浄土天国へと旅立ちを見送ることができました・・・・。
御協力して戴いた皆様に感謝します。  合掌。

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                    戒名 瑞龍院光岳宗輝居士


なお、昭和30年春から茨城県結城市で長期ロケーションした作品で
翌年’56年上映作品映画 「夜明け朝明け」(「夜あけ朝あけ」)の当時地元子役出演者の方々も、献花され葬儀にも参列してくれました。
偶然にも告別式の翌日12月23日には、アンコール上映としてこの映画「夜あけ朝あけ」
がロケの地元結城市で上映されることになっていました・・・・。

映画「夜あけ朝あけ」
映画「夜あけ朝あけ」のアンコール上映会を開催します。結城市民情報センター
結城市の歴史 PDF5ページ目 4.結城市のあゆみ に掲載
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by colombedor | 2008-12-28 09:09 | La Colombe d'Or

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「映画論叢」19号最新号が樹花舎から国書刊行会に変わり11月18日に刊行されました。

目 次
バンと呼ばれて60年第五話 『紺碧の空遠く』をめぐって
大庭秀雄と小津安二郎、そして佐々木康 短歌的叙情について
チンピラ役者の万華鏡第八回 空手チョップに飛ばされる
遠くて近い記憶―終戦前後の大連の映画
音楽と戦争協力『米英撃滅の歌』を知っていますか?
こんな役者がいた(15)強面の刑事役で売り出す ダナ・アンドリュース
映画監督佐々木康生誕100年祭
「脱」映画横断(6)チベット・長野ラプソディー
映画とストリップ・断章(1)ストリップの元祖は松井須磨子
映画本の困った人たち(9)玄人童貞のアイドル〔ほか〕

今年二月二日から八日まで池袋新文芸坐で開催された
「映画監督佐々木康生誕100年祭」のレポートを書かせて戴き掲載させてもらいました。
このBOLGにもこの映画祭はリアルタイムに紹介させて戴いていますが、この記事をこの映画祭を企画した円尾敏郎氏が丹野編集長に紹介してくれこのレポートが実現しました。
この「映画論叢」19号にはその映画祭のゲストトーク語録を中心に書きましたので、当時の東映京都撮影所での時代劇黄金時代が蘇り、愉しくあらたに映画を顧みる事が出来ると思っています。
もし宜しかったら読んで下さい!
なお、都内では紀伊国屋書店新宿本店、新宿南店サザンシアター ジュンク堂池袋店 映画コーナーの棚に置いてあるとの事です・・・。
また、出版元の国書刊行会やオンライン書店で比較的手に入りやすいようですので新宿、池袋まで出たくない人は便利かもしれません。
「映画論叢19」で検索すると、各オンライン書店で扱っているところがヒットします。


佐々木 康 生誕100年記念 上映会 みゆずメソン
 みゆずメソンHP  この中に映画祭のMYBLOG記事がリンクしています。

国書刊行会

樹花舎HP 「映画論叢」
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by Colombedor | 2008-11-30 13:59 | La Colombe d'Or
 幻の「六大学 寅さんファンクラブ」結成から早20数年が過ぎました。
 本年、映画『男はつらいよ』生誕40周年にあたり、その色褪せた思い出が蘇ります。

 現在、読売新聞 都民版ページで映画『男はつらいよ』生誕40周年記念
 特集「遠い旅の空から」が連日掲載されています。 (本日7/31は三回目)

 先日、読売新聞記者から六大学寅さんファンクラブ設立当時の取材を
 受けさせて戴きました。
 その特集の五回または六回目で、その記事が載るようです。
 「六大学 寅さんファンクラブ」結成当時、今はなき松竹大船撮影所での、
 第34作『男はつらいよ 寅次郎真実一路』撮影見学と映画完成後の感想など、
 徒然な思い出話が載る予定です。
 また付随し、私がその撮影風景と映画で感じ感動し、影響させられ、
 現在までの生き方に希望が湧いたことなども語られていると思います。

 もし宜しければお読みください。

   幻の「六大学 寅さんファンクラブ」結成から  MYホームページから


追 記 08.8.3 (日)
   8.3  読売新聞 都内版 特集六回 「レールなき道歩み助監督」というタイトルで
   上記記事が掲載されています。

またネットでも読売新聞 YOMIURI ONLINEでこの特集記事が連載されて読めます。
   YOMIURI ONLINE TOPから右下にある
      地域の情報 ⇒ 東京23区 ⇒ 右にある 企画・連載「遠い旅の空から」  クリック

      リンク  読売新聞  YOMIURI ONLINE
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by Colombedor | 2008-07-31 07:38 | La Colombe d'Or

『京の新好き、祇園のしたたかさ』  映画発祥の地 シネマで思うこと

私の師、劇団民藝の若杉光夫監督は古都京都で、京大、大映助監督時代、そして監督とし若き日々を謳歌されました。
私が師へ「京都とはー」の問いに、師曰く「新好き」と“一言”で表現されました。

その後、私が京へ上洛し、京で初助監督に就いた作品『お宮さん』では、その最初の撮影が祇園のあるバーでした。そのバーは、シャンソン・バーでハイセンスな室内。なるほど監督がおっしゃっておられた“新好き”を古都“京”でまず感じとった次第です。
そして室内撮影から外のロケーションとなり、黄昏前の祇園が現れました。まだ、閑散としている路に、通行人を作り、自転車で岡持を運ぶ丁稚、ガラガラと山のようなビールケースを台車で運ぶ業者、日傘を差す和洋服の婦人、老女などを歩かせると、現代もの作品でありながら、自然と以前観た “祇園”を舞台にした古い白黒映画の場面を追懐してしまいます。
それは溝口健二監督の映画『祇園囃子』(’53)です。
若尾文子さん演じる“舞妓志願”の少女が風呂敷を提げ、祇園の町家をさ迷う序乃場面で、家々に特徴がある紅殻格子(べんがらごうし)と二階窓に掛けられた簾。その路地には、京特有の一文字瓦がつくる軒下の影とキリギリス売りの大原女。そして衝立を洗っている浴衣婦人に行商人。何処から聞こえる御囃子笛の音が祇園の生活感を醸しだし、夜の祇園とは違う市井の祇園が映っていました。         そのドラマ森本組「おみやさん」

次の場面で、木暮実千代さん演じる芸妓美代春の居間で「芸者の嘘は嘘になれへん。お商売の駆引きや」と勘当された若旦那を罵倒し、花街としての祇園を象徴する場面になります。ここ迄の場面に戦後の新しい”祇園”全てを凝縮し表した名場面だと思います。
次にその少女も一年間の厳しい修行「仕込み」を受けます。
この稽古で師匠が「外国人はー (略) 芸者ガールの中に、一番美しく、代表的なものは、この京都の祇園の舞妓です。 (略) 生きた芸術作品です」といい、その各伎稽古場面は、戦後の新制教育で育った少女が祇園の厳しいしきたりと伝統を学ぶ姿に、今様な祇園の面白さが読み取れます。

この仕込み稽古で、近年の米映画『SAYURI』では、『祇園囃子』よろしく西洋好みでスピーディーに演出してあり、日米の芸者ガール意識の差異にも面白さを感じさせられました。
また晴れて舞子になり「見世出し」の日を迎える場面では、当時の祇園界隈の佇まいが見られます。戦前の溝口作品『祇園の姉妹』(’36)の様な封建的社会の犠牲から成り立った祇園ではなく、戦後の「新しさ」を採り入れた”自立した女性”の祇園舞妓の誕生が、古く伝統的な町屋の建物と熔け込んでいて、これも京風なものと感心しました。

―といっても、この作品に映っている祇園は幕末1863年三月の祇園の大火によって大半が焼け、その後新しく再建されました。古い建物でも百年ほどしか経っていないそうです。
時奇しくも、新しく変貌する時代において、新築されたお茶屋の祇園で、芸妓君尾など革新倒幕勤王の志士を保守新撰組から守り、明治維新を陰で支えた勤王芸者が活躍した歴史の裏舞台の町並みでもあるのだそうです。
そのように思いながら祇園を観てみるのも“新好き”の功名と甚く感心し、この勤王芸者の活躍場面を想像し、この町屋路地をワクワクしながら散策してしまいます。

しかし昨今、その町並みの面影は薄く、祇園町南側の花見小路、北の祇園新橋通の一部でこの町並を見ることができます。
特に祇園新橋では、祇園の全てが保存されているかの如く、均整な一文字瓦、趣のある紅殻格子、二階のアクセントな虫籠窓、一年中かかっている簾、邪気を払うお鍾馗さん、路地を彩る犬矢来、家の風格を出す駒寄せが揃い、私も当初、この祇園新橋の白川南通沿いがthis is 祇園だと思っていました。

幼年、映画を見始めた頃、「ゴーゴー!若大将」(‘67)を観て強く脳裏に焼きついていたのがこの場所のこの場面でした。
祇園京奴役のだらりの帯の浜木綿子さんとマドンナ役の星由里子さんが嫉妬勘違いし問うた新橋、その巽橋の脇で最新スポーツーカーに舞子さんを乗せはしゃぐのは青大将田中邦衛さんでした。

また、ドリフターズの10作目の喜劇『舞妓はんだよ 全員集合!!』(’72)では無理に女装させられた舞子姿の加藤茶さんが、同じ白川通と芸事の神様辰己大明神側を通る場面も出てきて、幼いながらこの場所に行きたいと思っていたものです・・・。

ついに『新・京都迷宮案内』の撮影で念願のこの祇園白川に行く事ができました。
行ってびっくり、幼い頃観た映画場面と何もかも同じなのでした。これには京町並み保存の効用に感動してしまいました。
そして撮影は短い場面にも関わらず、白川の清らかな流れの中に吉井勇歌人の“枕の下を水が流るる”が如く、カメラを設置するイントレの下を水が流るるかの如き置き、白川南通を歩く橋爪功さんと月亭八方さん二人が幕末創業のお茶屋「大柳」へ橋を渡り入るまでを撮影しました。何とも言い難い情緒が漂い、思い出深い場面になり、心底好きな場所にもなってしまいました。

またこの白川沿いに植えてある枝垂れ桜が円山の枝垂れ桜と同じく、今日桜名所として名乗りを挙げている事も知り、是非とも機会があればこの白川の料亭で春を満喫したいものだと心中思うのでありますが・・・。

実はこの撮影前に、京の人は碁盤の目で分かり易いという洛中にも、わたくし東男にしてみれば新撰組がただただ祇園を走り回っているかのように、私もただただ一人、古美術商が集まる縄手通周辺を調べにプレロケハンしていました。
まだ趣のある町屋が点在する界隈を逍遥し、気づいてみたら夕暮れ時になっていました。周りが段々と暗くなるにつれて既に道に迷い、行き着いた処がこの朱色艶やかな辰己大明神さんであり、その白川の向こうに見える温かな光につつまれたガラス越しに見えるは、舞子はんでした。
そこが思い出映画の場面の場所とはまだ知らず、何とも言えない異空間を体感した記憶が鮮明に焼きつき、祇園の知られざる新たな磁場の”生”を感じた次第です。

その後、夜の南座を見たくなり、四条通りを渡り川端を歩いてみました。
そうしたら一軒のおでん屋の灯を見つけました。この佇まいに心魅かれ、何時かはこの店で一杯と思いながら太秦へと帰ったのですが、そこがあの吉村公三郎監督映画『偽れる盛装』の舞台祇園宮川町であったとは、後で知った次第です。      その京おでん屋「道楽」
また鴨川向こうに松華楼という宿があり、当時吉村公三郎監督と脚本家新藤兼人さんが宿泊し、川向こうで石炭景気でどんちゃん騒ぎの音が聞こえる事から、この宮川町を舞台にした名作が生まれたそうです。芸者ベラミ役の京マチ子さんが追いかけられ切られる名場面の京阪路面電車の踏切はすでにないのが残念ですー。    

またこの宿は、ベネチア映画祭で賞をとり敗戦日本に勇気を与えた映画『羅生門』の黒澤組の宿でもあったそうです。
奇しくも先の若杉監督は、この『羅生門』助監督を務めていました。

京の祇園は、「新好き」が、善き伝統を受け継ぎながら、新しい時代を取り込み築く女性のしたたかな町なのかもしれません・・・。



注) 上記文は、昨年、「祇園」をテーマにしたエッセイをと言われていたものですが、
   そのままになっていましたのでこの京都迷鳩案内の中でUPしておきます。
   「京都迷鳩案内」も一年以上もさぼっていましたので気になっていました・・・。
   写真は、時をみて貼っていきたいと思います。 
   あんまり、写真撮っていないのですが ・・・・・。   取り急ぎ。 
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by Colombedor | 2008-07-21 10:47 | 京都迷鳩案内